【能登SDGsフィールドレポート第8号】学び合いのための参加型評価(研究成果情報)

今回は、研究成果についての情報共有です。

能登地域における石川県珠洲市と金沢大学の地域協働事業に関する参加型評価を2018年に実践し、その結果をまとめた下記英語論文が、査読付き国際学術誌Journal of Community Practiceに受理されました。

Kitamura, K., D. Utsunomiya, and K. Ito. 2020. Participatory evaluation of community-university collaboration programs: a case study of Noto, Japan. Journal of Community Practice, 28(4): 403-415. https://doi.org/10.1080/10705422.2020.1841054

著者の北村・宇都宮は能登SDGsラボのコーディネーター、伊藤は連携研究員を務めています。論文の概要は以下のとおりです。

・「金沢大学能登学舎」を拠点として2006年以来実施されてきた地域協働事業は人材育成と研究の2つを柱としている。本研究では、この協働事業を当事者が参加型で評価した。

・評価参加者(条件設定):珠洲市役所および金沢大学において一定期間(2018年3月時点まで直近2年以上)にわたり地域協働事業に従事してきた職員・研究者。

・評価方法:Most Significant Change (MSC)手法を独自に改変した「水平型MSC手法」を用いた。MSC手法は、事業実施により生じた重要な変化を「物語」の形で集めるもの。指標を用いないところに特徴がある。

・今回の独自改変の鍵:「内(実施主体側)と外(地域全体)」および「過去と未来」の2つの軸を設定し、この両軸を掛け合わせた計4領域に分割。各領域の問いは以下のとおり。

Q1:地域協働事業そのものの内容・方法に関してこれまでに起こった具体的な変化のうち、あなたが最も重要と思うものは何ですか?(実施主体側の過去の変化)

Q2:地域協働事業によって環境、社会または経済にこれまで起こった具体的な変化のうち、あなたが最も重要と思う変化は何ですか?(地域全体の過去の変化)

Q3:地域協働事業そのものの内容・方法に関して、今後3年間に最も起こってほしいとあなたが考える重要な変化は何ですか?(実施主体側の未来の変化)

Q4:地域協働事業による環境、社会または経済の変化のうち、今後3年間にあなたが最も起こってほしいと思う重要な変化は何ですか?(地域全体の未来の変化)

・上記4問を2018年6月から7月にかけてアンケート調査として実施。調査参加者たちはその変化を「物語」(具体的なエピソード)の形で提出した。

・同年7月に調査参加者による参加型ワークショップを開催。集まった物語のうち、最重要変化を表すと思うものを各参加者が投票し、その理由とともに全体共有。各領域において、多くの票数を集めた物語が示す変化の要点は以下のとおり。

Q1(実施主体側の過去の変化):行政と大学双方の主要人物や舞台裏を支える地域住民の間の綿密な対話
Q2(地域全体の過去の変化):若手人材が刺激し合う場の創出
Q3(実施主体側の未来の変化):人材育成講座修了者を含む起業創業人材と支援のための資源マッチング
Q4(地域全体の未来の変化):地域課題解決志向で地域経済発展につながる形の人材育成講座

・ワークショップ後の参加者の感想によると、参加型評価の実践自体や、その際に用いる水平型MSC手法に関して一定の効果が確認された。

・投票の際、各物語の書き手が誰かという情報を非開示とした。このため、所属や役職に関係なく、内容による投票となった。当事者間の多様な考えや価値観を、立場を超えた形で共有し、以後の計画策定に活用するための手段としての意義が認められた。

・このような参加型評価は、委員会方式の公式評価では必ずしも扱われない「当事者の認識」を集めることから、公式評価を補完する役割を持ちうる。異なる評価方法の組み合わせにより、包括的なインパクト評価が期待できる。

・MSC手法は元々、組織体制の縦方向(意思決定者から現場担当者・受益者までの階層間)の認識共有の効果を重視。本研究においては逆に階層の壁を取り除き、従事者が横一線に並んだ状態で見解を相互共有することを重視した。「水平型(Horizontal)MSC手法」と称するのはこのためである。

・今後実施する際の課題の例:「変化」や「物語」というMSC手法の中心的な概念が、参加者にとって必ずしも日常的に用いないものであり、馴染むまで時間を要したことが参加者から指摘された。用語選択や説明や例示の仕方を参加者や場面によって微調整するなど工夫の余地があることを示唆している。

補足:
・本研究は、2018年4月以降、設計と実践を順次おこない、同年8月に和歌山県で開催された第5回 東アジア農業遺産学会(ERAHS)で予備的な成果報告をしたあと、このたび論文として結果を発表したもの。

・能登学舎を拠点とする地域協働事業そのものを対象にした研究が、査読(該当分野を専門とする他の研究者による審査)を経て学術論文の形で成果発信に至ったのは、著者陣が知る限りでは今回が初。英語による国際発信であり、しかも、実際に従事してきた研究者たち自身が著者となっていることも特色。

・水平型MSC手法を用いた参加型評価について一定の有効性が確認された。今後、地域づくりなど各種活動のインパクト評価や目標設定にこの方法論を活用したい組織・集団があれば、場合によっては協働型実践研究として協力することも可能。

本研究は、金沢大学能登里山里海SDGs研究部門(珠洲市)および能登SDGsラボの活動の一環として実施され、JSPS KAKENHI Grant Number JP15K00673、人間文化研究機構総合地球環境学研究所(プロジェクト番号14200102)の支援を受けました。

末筆ですが、本研究において評価に参加していただいた皆様や、ご助言ご協力いただいたかたがたに心より感謝申し上げます。

僕自身は研究代表者およびファシリテーターの役を務めました。この研究から多くを学ぶことができました。今後、学んだことを別の場面でも生かしていきたいと思います。

北村健二(コーディネーター)

能登SDGsフィールドレポート:日々の活動のなかで北村個人が感じることを共有するための媒体で、組織の立場や見解を示すものではありません。